陣痛促進剤被害は、出産での陣痛誘発剤・陣痛促進剤の使用による母体の子宮破裂や胎児被害です。被害は1970~1980年代がピークとなっていますが、現在に至るまで被害の発生が続いています。1988年「陣痛促進剤による被害を考える会」が発足し、添付文書の改訂を求めるよう、厚労省やPMDAとの交渉を続けています。同会に寄せられた被害数は384件以上であり、現在のところ企業や国に対する集団訴訟はなされていないものの、被害事例ごとの医療訴訟は多くなされています。
1970〜80’s | 被害発生(1970〜80年代) |
1988 | 「陣痛促進剤による被害を考える会」が発足 |
1990 | 同会が厚生省に添付文書の改訂を求め始める |
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1. 陣痛促進剤による事故の多発
日本では、母体や胎児に何らかのトラブルがある場合やハイリスク出産の場合、夜間や休日等の医療機関の緊急時対応が困難な時間の出産を避けるための計画分娩に、オキシトシンやプロスタグランジンE₂といった陣痛促進剤が用いられてきました。しかし、1970年代ごろから陣痛促進剤による母親の死亡や子宮破裂が多数報告されています。
陣痛促進剤は本来、添付文書に記載された適切な用法容量を守り、副作用に注意しながら安全に使用すれば出産にまつわるトラブルを回避できる有用な薬剤です。陣痛促進剤による事故の原因は多くの場合、陣痛促進剤の安易な使用や不適切な使用、投与速度が速すぎたり分娩監視が不十分であったりという、医薬品の副作用というよりは使われ方が原因でした。これは、以前は医薬品の添付文書を医師が今ほど重視しておらず、医師の裁量によって陣痛促進剤を処方していたためです。また、陣痛促進剤を使用することによって診察報酬が得られることから、本来不必要であっても「微弱陣痛」という病名をつけて陣痛促進剤を投与するという利益優先の慣行もありました。
1970年代の陣痛促進剤による事故の多発を受け、1974年からは「日本母性保護協会」が日本中の産婦人科医に、子宮収縮剤(陣痛促進剤)の使用に注意を促すための小冊子を配布しています。この冊子には、陣痛促進剤の効き具合には大きな個人差があることや、まれに母子に重大な影響を与えるという注意喚起がなされています。この冊子は毎年のように発行されていましたが、1970年代から1980年代にかけて陣痛促進剤による事故が相次ぎます。こうした事故やそれが生じる可能性を知っていたにもかかわらず、1992年に被害者団体から求められるまで、旧厚生省は陣痛促進剤の用法容量や使用上の注意に関する添付文書の改訂を行うことはありませんでした。
2. 被害者団体の発足
陣痛促進剤被害に対しては、企業や国に対する集団訴訟はなされていませんが、医師や医療機関を被告とした、被害事例ごとの医療訴訟は数多くなされています。こうした個別の事故の把握や行政への働きかけのため、1988年には被害者が中心となった「陣痛促進剤による被害を考える会」が発足します。
「陣痛促進剤による被害を考える会」は、1992年から旧厚生省に対して陣痛促進剤の添付文書の改訂を求め、旧厚生省はこれを受けて陣痛促進剤の添付文書の改訂指示を行いました。しかしながら状況は変わらず、「陣痛促進剤による被害を考える会」は、陣痛促進剤の添付文書の改訂を訴え続けてきました。現在は、陣痛促進剤の副作用について「脳内出血」と「常位胎盤早期剝離」を添付文書に付け加えることを求めています。
3. 被害実態の解明を求めて
陣痛促進剤による被害は、個々の医療機関での医療事故であるため、被害の実態がつかみにくいのが現状です。「陣痛促進剤による被害を考える会」によると、現在陣痛促進剤の被害は400件近く報告されていますが、これらはあくまで氷山の一角であるとみられています。
2009年から始まった「産科医療保障制度」は、陣痛促進剤の被害を知るうえで重要な取り組みです。この制度によって、産科の医療事故で重度の脳性麻痺になった子どもの事例を分析する取り組みを行っていますが、最初の15例の原因分析が終わった段階で、6例に陣痛促進剤が用いられており、そのすべてのケースで改訂された添付文書に定められている最大使用量等を大きく逸脱していることがわかりました。このように現在でも陣痛促進剤による事故は発生していますが、現在は添付文書等で適正利用の徹底が図られていることから、分娩監視が不十分であったり、類薬を併用したりしている場合は不適正使用とみなされ、医薬品副作用被害救済制度の対象外となることが多いようです。
近年では、麻酔を使用し陣痛を感じにくくする「無痛分娩」が増加しています。「無痛分娩」では陣痛促進剤を使用するため、陣痛促進剤の利用も増えています。
現在では、日本産婦人科学会・日本産婦人科医会が作成した「産婦人科診療ガイドライン」に陣痛促進剤使用の基準が記載され、これにのっとった使用が求められています。
参考文献
- 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団,2012,『知っておきたい薬害の教訓――再発防止を願う被害者からの声』薬事日報社.
- 日本公定書協会,2011,『知っておきたい薬害の知識――薬による健康被害を防ぐために』じほう.