1960~1970年ごろ、解熱剤や抗菌剤を筋肉注射された子どもたちに、歩行障害や筋肉痛といった症状が続出しました。発生に地域的な偏りがあったことから、当初は風土病と疑われていましたが、その後、社会問題化しました。1975年時点での旧厚生省による調査では、被害者は重症1552名、軽症1177名にのぼるといわれています。1978年、被害者団体が責任追及と損害賠償を求め京都地裁に提訴し、18年に及ぶ裁判闘争の結果、医療機関・製薬会社と和解しました。現在、被害者たちの高齢化により、生活や運動はより難しくなっており、被害者団体は国に対しての支援を求めています。
1960 | 被害発生(1960~1970年ごろ) |
1974 | 日本医師会による筋短縮症対策に関する通達 |
1976 | 日本小児科学会による謝罪声明 |
1978 | 「注射による筋短縮症から子供を守る京滋協議会」による提訴 |
1996 | 医療機関・製薬会社と和解、国・医師の責任は不問 |
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1. 注射による筋短縮症の発生
筋短縮症は、子どもへの筋肉注射により大腿筋などが筋肉拘縮したことにより、歩きにくさや生活困難といった運動障害が発生した薬害です。かつては内服薬よりも注射に即効性や有効性があると考えられていたため、かぜといった軽微な病気に対しても注射を行っていました。さらに1961年にスタートした国民皆保険制度の経済利益重視の運用や、製薬会社による注射液の売り込みが、本来は不必要であるはずの、軽症での注射の濫用につながっていたと考えられます。
筋短縮症については1940年代にはすでに「乱注射への警告」として報告がなされており、その後も症例の報告が行われていましたが、具体的な対策や原因特定が行われることはありませんでした。1960年半ばには静岡県や福井県、名古屋市で、突然の幼児の歩行困難が集団発生し、地域の名前をとって「泉田病」「今立病」などと呼ばれました。その後1973年には山梨県南部で大発生し、マスコミに報道されると社会問題となりました。集団被害が発生した当初は、被害の原因が特定されていなかったため「幼児のひざ硬直症」などと呼ばれ、遺伝や奇病、風土病ではないかと考えられていましたが、やがて医師たちの活動により原因が筋肉注射であると判明し、「筋短縮症」と名付けられました。
2. 被害者の会の組織と裁判の開始
筋短縮症の山梨県南部での集団発生を受け、患者の親の会や支援グループが組織されたほか、山梨県選出の国会議員によって筋短縮症の被害が衆参両院に取り上げられました。衆議院に参考人として出席した東京大学の高橋晄正講師は「大腿四頭筋短縮症の大量発生は筋肉注射によるものである」と主張し、旧厚生省も調査に動き出しました。旧厚生省による調査結果と、医師たちが組織した「自主健診団」による調査結果を合わせると、約2万人もの被害者がいると推定されました。
しかし国の対応は遅く、日本医師会は筋短縮症対策のために子どもへの注射の濫用を避けるよう通達を出しただけでした。国に救済を求めるために1974年に「注射による筋短縮症から子供を守る全国協議会」が親たちによって結成されました。また、一部の被害者の親たちが国や、注射液を販売した製薬会社、注射を行った医師や医師会を被告にした訴訟を行ったのを皮切りに、集団訴訟が各地で提起されました。これまでに発生した薬害の中で、医師会を被告としたものはこの裁判だけです。こうした闘いの最中である1977年には、旧厚生省による「筋短縮症研究班・発生予防部会」において「筋短縮症の発生メカニズムには『体質的要素』が関係する可能性もある」という「体質原因説」が発表されます。「筋短縮症の発生は乱注射が原因である」という被告の責任をあいまいにする説が国側から提出されたことで、訴訟に対する影響が懸念されました。
各地裁での第一審の結果、製薬会社の責任が認められた一方、筋短縮症の発生を「予見できなかった」という理由で国の責任は認められませんでした。これに対して、国の責任を認めさせるため各地で原告が控訴しましたが、国や各製薬会社、医師など被告数が多いことから訴訟は長期化し、また提訴から十数年が経過していたことから、次第に和解での決着がなされました。いずれの裁判でも、国の責任は認められないままでした。
3. 裁判終結後のとりくみ
各地での裁判が終結したことから「注射による筋短縮症から子供を守る全国協議会」は会の歴史を閉じました。しかし、裁判が終わっても、被害者たちの身体的・精神的苦しみや、これから直面するであろう諸問題に対応し、解決できる組織が必要とされていました。このため、京滋地方の被害者の会であった「大腿四頭筋短縮症の子供を守る京滋協議会」は独自に活動を続けました。現在は会員の居住地が広域にわたるため、名称を「薬害筋短縮症の会」と変え、全国組織として啓発活動のほか、高齢化し生活がより難化した被害者への支援活動、行政への対応を求める交渉を続けています。
参考文献
- 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団,2011,『知っておきたい薬害の教訓――再発防止を願う被害者からの声』薬事日報社.
- 山梨県注射による筋短縮症児救済対策会議,1994,『山梨県筋短縮症児救済運動の記録 取りのぞこう つまずいた石』.