イレッサ薬害

イレッサ薬害は、肺がんの治療薬であるゲフィチニブ(販売名:イレッサ®︎)が原因の薬害です。この薬は2002年に承認された後、服用者の中に急性肺障害が続出しました。被害者家族が中心となり国と製薬会社を訴え、地裁では国と製薬会社の責任が認められましたが、最高裁判決で原告側が敗訴しました。「イレッサ®︎(ゲフィチニブ)」は現在も販売され続けていますが、現在は医療現場での安全対策により、死亡者数が大幅に減少しました。

2002販売承認
被害発生
さいたま市の被害遺族が厚生労働省で記者会見でイレッサの危険性と慎重使用を訴える
2004アメリカでイレッサに延命効果がないとする臨床試験の結果が発表
2005新規患者の服用を原則禁止
被害者家族による訴訟開始
2011アストラゼネカ社が米国でのイレッサの承認申請取下げを発表
日本で「イレッサ」保険適用を特定の遺伝子変異のある対象者に限定
東京地裁、大阪地裁でそれぞれ判決
2013最高裁・国に対する上告を棄却し、原告敗訴
年表
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1. 画期的ながん治療薬として登場

イレッサ®︎は、特に重篤な肺がんを対象とした抗がん剤であり、分子標的薬(病気の原因となる特定の分子に作用する)という、それまでの抗がん剤とは異なる作用メカニズムを持ちます。イレッサ®︎は海外で開発された新薬でしたが、2002年7月に優先審査により、海外では未承認の段階で、世界にさきがけて日本で承認されました。この優先審査は、当時、海外とくらべて日本での医薬品の承認が遅いという「ドラッグ・ラグ」問題への対応策でもありました。イレッサ®︎はマスコミでも大きく報道され、従来の抗がん剤と異なり1日1回の経口投与で外来診療でも服用可能であり、副作用が少なく、治療効果が高い「夢の新薬」と言われました。肺がん患者にとっては期待の新薬であり、承認から薬価に収載されるまでの健康保険が適用されない期間についても使用できる薬剤となりました。また、医師の管理を離れ、自宅療養をしている患者にも処方されました。

しかし、使用が拡大するにつれて、イレッサ®︎を服用した患者のなかから急性肺障害や間質性肺炎といった重篤な副作用が企業から厚労省に多数報告されました。これを受けて2002年10月に厚労省は製薬会社に対して副作用に関する緊急安全性情報の発出と添付文書の改訂を指示しました。にもかかわらず、その後も肺障害と死亡が発生したため、厚労省は12月に「ゲフィチニブ安全性問題検討会」を開催し、さらなる添付文書の改訂を指示します。副作用に関する患者への説明と同意を行うこと、投与に関して観察を行うことといった添付文書の改訂を経て、適正使用した場合の副作用や死亡者数は減少しました。しかしながら、2010年3月末時点でのイレッサ®︎服用による間質性肺炎などの肺障害報告は累計1,916件、死者数は734人にものぼります。

海外では、イレッサ®︎の延命効果について、偽薬を投与された群と統計的な差がなかったという臨床試験の結果を受けて、EUで2005年に承認申請の取り下げがなされています。

2. 被害者家族たちの問題提起と被告側のバックラッシュ

イレッサ®︎は「夢の新薬」として期待を持って承認された反面、副作用の重大さが見過ごされがちで医療機関への周知が不徹底であったことや、延命効果が評価されないまま承認されるなど、いくつもの問題を抱えていました。

2004年、国と製薬会社の責任を問うため、大阪・東京のそれぞれの地裁で、被害者グループが訴訟を提起します。まだ販売中であるこの治療薬の恩恵を受けている患者もいる中で、重篤ながん患者にとっての重い副作用をどう考えるのかという、これまでの薬害裁判とは異なる性質が薬害イレッサ裁判にはありました。

2011年には大阪・東京でそれぞれ和解勧告がなされ、緊急安全性情報が出される以前の国と企業の責任が認められました。原告側は和解を受け入れましたが、この和解案に対する批判が日本医学会等からあがり、専門家集団やがん患者が被告側の擁護を行う動きが広がりました。この際提出された和解案に対する批判文書は、実は医学会が自主的に作成したものではなく、厚労省が組織ぐるみで下書きを作成していたことが明らかになり、行政と学界の癒着も問題視されました。被告である国・製薬会社は和解を拒否し、原告・被告とも控訴します。高等裁判所では地裁判決が全面的に覆され、添付文書の記載が当初は目立たなかったことについても、「重要な副作用として記載があれば、その記載の仕方がどうであれ専門医は認識できたはずである」として、国や製薬会社の責任を問わないものでした。高裁判決の後、原告は上告を望みましたが、最高裁での上告棄却により原告が全面敗訴しました。

3. イレッサ薬害が現代に投げかける問題

裁判での敗訴によって、イレッサ薬害は国から公式には認められていない薬害となりました。しかしながら、イレッサ薬害は、現在においても重要な問題を提起しています。まず、医薬品は開発から市販後まで継続的なフォローが必要であるということです。そして、医薬品の開発段階で得られる安全性や有効性の知見は限定的であり、市販後の副作用報告に対しても継続的な監視が必要なことを示しました。また、2017年から、治療法が少ない希少疾患などを対象とする医薬品について、臨床試験を行う以前の段階で市販が可能となる「条件付き承認制度」につながりました。安全性が必ずしも確保されていない段階で新薬が出回る現在、症状の重篤さに対して副作用の重大さが過小評価されていないか、考える必要があります。

参考文献

  1. 土井修,2019,「戦後の薬害事件の概要と教訓」(2025年2月11日取得,https://www.pmrj.jp/publications/02/shiryo_slides/yakugai_shiryo_sengo.pdf).
  2. 花井十伍,2023,「イレッサ薬害――国が薬害と認めない薬害」『薬害とはなにか――新しい薬害の社会学』ミネルヴァ書房.
  3. イレッサ薬害被害者の会,2020,「イレッサ」(2025年2月11日取得,http://hkr.o.oo7.jp/yakugai/forum/forum22-data/Iressa.pdf).
  4. 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団,2012,『知っておきたい薬害の教訓――再発防止を願う被害者からの声』薬事日報社.
  5. 日本公定書協会,2011,『知っておきたい薬害の知識――薬による健康被害を防ぐために』じほう.
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