薬害ヤコブ病被害

薬害ヤコブ病被害は、脳外科手術で利用されたヒト由来乾燥硬膜「ライオデュラ」によりクロイツフェルト・ヤコブ病を発症した事件です。被害者はヤコブ病を発症後、植物状態となり、数か月から数年後に亡くなりました。「ライオデュラ」は1987年にはアメリカで使用が禁止されていたものの、日本では1997年まで使用が継続されました。そして被害が拡大し、1973~1997年を中心に約140名が被害に遭いました。1996年から国と製薬企業を相手にした訴訟が行われ、2002年に和解し、生物由来製品への安全対策の契機となりました。

1973「ライオデュラ」の輸入販売承認
1978被害発生(1978~1993年)
1987世界初のヤコブ病発症例確認、アメリカで使用禁止
1996大津地裁で国・製薬会社への訴訟提起
1997東京地裁での提起
使用禁止の通知
2002国・製薬会社との和解
年表
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1. クロイツフェルト・ヤコブ病とは

クロイツフェルト・ヤコブ病は「異常プリオン」というタンパク質の増殖によって引き起こされます。感染から発症まで数年から数十年単位の潜伏期間がありますが、発症すると運動障害や認知症を生じ、数カ月から数年のうちに死に至る病気で、現在でも治療法は見つかっていません。薬害ヤコブ病は、異常プリオンタンパクに汚染されたヒト乾燥硬膜を脳に移植したことによりクロイツフェルト・ヤコブ病を発症する薬害です。ヒト乾燥硬膜とは、死んだ人の脳から採取した硬膜を加工した生物由来製品であり、脳神経外科手術などで切除した硬膜の補充のために用いていました。

日本では1973年から「ライオデュラ」の輸入を開始し、脳腫瘍や三叉神経痛、くも膜下出血などの脳外科手術で使用されました。使用が禁止された1997年以降も、回収が不徹底であったことから、在庫が使用されたために発症した事例もあります。乾燥硬膜を用いたクロイツフェルト・ヤコブ病の発症は、厚労省の把握によると、2014年時点で143名となっています。クロイツフェルト・ヤコブ病は希少疾患であり、医療へのアクセスのしにくさや致死性であることから、家族は大きなショックや困難に直面しました。

2. 製造や承認段階でのずさんさ

日本では、脳外科手術で用いるヒト乾燥硬膜は「ライオデュラ」のほかに、他社の「テュトプラスト」という製品が輸入されていました。しかし、クロイツフェルト・ヤコブ病の発症と関連しているとみられているのは、今のところ「ライオデュラ」のみです。これは、「ライオデュラ」を製造していたB.ブラウン社の、ヒト乾燥硬膜を採取するドナーの選定や製造方法に問題があったためとみられています。

ヒト乾燥硬膜「ライオデュラ」の製造会社であるB.ブラウン社は、ヒト乾燥硬膜に用いるドナーの選別をしておらず、また、亡くなった人の病名すら確認しないなど、ドナーの記録も適切に行われていませんでした。さらに、製造時は集めた硬膜を大きなビニール袋に何枚も一緒に入れて保管し、洗浄する際は複数枚同時に処理(プール洗浄)していたため、健康な硬膜にまで異常プリオンの汚染が広がってしまいました。また滅菌方法についても不十分であったと言われています。日本が「ライオデュラ」の輸入を開始した1973年当時、「異常プリオン」の存在は知られていませんでしたが、当時、微生物に対する滅菌に問題があることについては、承認の段階から指摘されていました。

加えて、ライオデュラを輸入したことに関しても問題点が指摘されています。まず、ヒト乾燥硬膜は生物由来製品であり、ヒト乾燥硬膜を手術に用いるということはヒト組織を生体移植するということですが、実際にはピンセットやガーゼなどと同じ医療用具として簡単に輸入が許可されていました。また、国内では「ライオデュラ」の臨床実験を全く行っておらず、輸入申請許可に関して旧厚生省と企業との癒着があったことも指摘されています。こうした安全性の問題から、1987年に米国で「ライオデュラ」の使用禁止命令が出され、全世界に警告が出されました。

一方、日本では、多くの専門家の指摘があったにもかかわらず、「ライオデュラ」の使用が続けられ、使用が中止されたのは1997年です。1996年に発生した狂牛病の感染問題を契機に、クロイツフェルト・ヤコブ病の緊急調査が全国で行われ、826例のヤコブ病の内43例がB.ブラウン社のヒト乾燥硬膜を移植していたと判明しました。これを受け、1997年に旧厚生省からヒト乾燥硬膜使用禁止の通達が出されました。

3. 遺族のたたかいと薬事行政への教訓

旧厚生省による使用中止と前後して、1996年に大津地裁で、1997年に東京地裁で国と製薬会社、輸入業者を相手に提訴が行われました。2002年に結審し和解勧告がなされ、被害者は全員救済となりました。当初国は、米国で「ライオデュラ」の使用禁止命令が出されて全世界に警告が出された1987年まで「ライオデュラ」の危険性を知らなかったため、それ以前の被害に関しては国の責任はないと主張していました。しかし、そもそも1973年の輸入許可自体に問題があったとみなされ、1973年以降の被害者全員が和解の対象となりました。

薬害ヤコブ病の被害は、薬事行政にも活かされました。2003年に改正された薬事法では、生物由来製品に対するドナースクリーニングや記録の保管等の安全性管理、使用段階での記録管理が強化されました。また、世界のヒト乾燥硬膜の半分以上が日本に輸出されており、薬害ヤコブ病被害のほとんどは日本で報告されています。同様の事例が、薬害エイズにおける非加熱凝固因子製剤の輸入でも指摘されており、なぜ日本で生物由来製品をそれほど多く手術に使用しているのかについても検証が待たれます。

参考文献

  1. 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団,2012,『知っておきたい薬害の教訓――再発防止を願う被害者からの声』薬事日報社.
  2. 日本公定書協会,2011,『知っておきたい薬害の知識――薬による健康被害を防ぐために』じほう.
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