クロロキン薬害は、1950年代に発生した、抗マラリア薬クロロキンの服用による薬害です。クロロキンは短期間の利用を前提に開発された薬でしたが、日本国内で次第に適応が拡大され、腎炎や慢性関節リウマチ、気管支ぜんそくにまで広がりました。製薬会社によって大量に市販されたことで、服用した人たちの間で視野狭窄や、失明につながる網膜症といった重篤な副作用が発生しました。旧厚生省や製薬会社が副作用対策を長年怠ったことから、クロロキン被害者は1,000~2,000人にのぼるのではないかとみられています。
1934 | ドイツのバイエル社が合成、マラリアに有効だったものの毒性が強く開発中止 |
1943 | アメリカの企業がマラリアの特効薬として短期間投与で使用 |
1958 | 日本で腎炎、リウマチ等の薬として販売開始、1961年には慢性腎炎の特効薬として大量に販売開始 |
1958 | 被害発生(1958~1974年ごろ) |
1971 | 社会問題化する |
1975 | 提訴(第一次) |
1980 | 提訴(第二次) |
1982 | 勝訴(第一次)、国の責任は認められず |
1987 | 勝訴(第二次)、国の責任は認められず |
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1.クロロキンの開発と日本での流通
クロロキンは1934年にドイツのバイエル社が合成しましたが、毒性が強く、開発は中止されました。第二次世界大戦中の1943年、米国企業がキニーネに代わるマラリアの特効薬として、クロロキンを短期間投与で使用しました。
戦争が終わったことで各国はマラリアの治療を行う必要がなくなったはずでしたが、その後1958年、日本企業がクロロキンを販売し始めます。この時の効能はマラリアではなく、はじめは腎炎の薬として販売されました。しかし次第に、慢性関節リウマチ、気管支喘息、てんかんにまで適応症が拡大されます。1961年には慢性腎炎の特効薬として大量に販売が開始され、クロロキン網膜症の発生が報告されるようになりました。
2.アメリカでの警告と日本での見過ごし
戦後、アメリカでもクロロキンはマラリアの薬として売られ続けていました。しかしながら、臨床試験によってクロロキンが眼障害を起こすことが知られていたことから、長期投与の禁止が明文化されていたほか、FDA(食品医薬品局)から製薬会社へクロロキンの有害作用に関する警告書の配布が指示されるなどの対応がとられていました。
一方、日本ではクロロキン服用による眼障害の可能性が指摘されていたにも関わらず、旧厚生省や製薬会社は対策をとらずにいました。「クロロキンは毒性が弱いため、長期投与に適する」という宣伝する会社すらありました。さらに1965年には、クロロキンを服用していた当時の旧厚生省の課長が、アメリカでのクロロキンの重篤な副作用に関する情報を知って、自身の服用をやめていたにもかかわらず、何らの対応もしなかったことが後に明らかになっています。その後、旧厚生省がクロロキン網膜症の添付文書記載を指示したのは1969年、クロロキンの製造が中止されたのは1974年になってからでした。
3.長期にわたる裁判
1971年に被害者の1人が当時の厚生大臣に被害と救済を直訴すると、それをマスコミが大きく取り上げ、クロロキン被害は社会問題として知られることとなりました。大臣は被害者の訴えを取り上げなかったものの、この出来事がマスコミに大きく報道されたことは、「自分もクロロキンの被害者ではないか」と、潜在的であった被害者が自分の被害の原因に気づくきっかけとなりました。1972年に「クロロキンの被害者の会」が結成され、製薬会社4社と交渉を開始しますが、交渉を3年半続けても製薬会社側からは謝罪や十分な賠償が提案されませんでした。
法的に救済を求めるため、1975年、被害者たちは国と製薬会社を相手に訴訟を提起します。裁判に協力してくれる医師が少なかったため、あまりに非協力的な医療機関も被告とすることにしましたが、被告数が多く訴訟は長期間におよびました。その間、腎炎の治療薬の有効性の根拠となった論文は、科学性が十分担保されたものではなかったことが明らかにされ、1976年にはクロロキンは腎炎に有効性なしと判定されました。
1982年、一審で国と製薬会社、医療機関の責任が認められ、被害者らは勝訴判決を勝ち取りました。しかしながら、被告からの控訴によって高裁では国に逆転敗訴、最高裁でも国に対しては敗訴が確定しました。最高裁判決がくだされたのは、クロロキン薬害の発生から約40年後の、1995年でした。最高裁判決で国の責任は認められなかったものの、原告患者は生涯損害賠償金として、当時としてはやや高額の5,000万円台の賠償が認められました。しかし判決までに長い年月が経過しており、判決を待たず亡くなる被害者も多くいました。
参考文献
- 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団,2012,『知っておきたい薬害訴訟の実際――企業リスクの最小化を目指して』薬事日報社.
- 日本公定書協会,2011,『知っておきたい薬害の知識――薬による健康被害を防ぐために』じほう.