MMRワクチン薬害は、乾燥弱毒性麻疹(M)・おたふくかぜ(M)・風疹(R)の混合ワクチンを接種した幼児が急性脳炎を発症し、重度の後遺症を負った薬害です。このワクチンは1989年4月に定期接種化されたものの、その2か月後には前橋市医師会によりワクチン接種者が高頻度で無菌性髄膜炎を発症していると指摘されました。しかし国は対応を怠り、1993年の「接種当分の見合わせ」までに約1800人が被害に遭いました。その後、製薬企業によって、おたふくかぜワクチン原液の製造方法が国に報告されないまま変更されていたことが明らかになりました。
1989 | 被害発生(1989年4月(定期接種化)~ 1993 年 4月) 前橋市医師会による報告 |
1993 | 3家族が国と製薬会社を相手に訴訟 国による接種当分の見合わせ |
詳細を読む
1. おたふくかぜワクチン
MMRワクチンは、麻疹(M)・おたふくかぜ(M)・風疹(R)の3種混合ワクチンであり、かつてはそれぞれ異なる企業のワクチンを混合して作られた「自社株ワクチン」が承認されていました。しかし日本での法定接種化のために、旧厚生省は有効性を認めた企業のワクチンを混合した「統一株ワクチン」を製造させました。このうち、阪大微生物病研究会のおたふくかぜワクチンが、無菌性髄膜炎を発症させる原因になりました。統一株のMMRワクチンは自社株が導入されるまでに製造が中止されていたはずですが、期限が切れた自社株が統一株ワクチンに使われており、さらにワクチンの効き目を高めようと、原液の培養方法を未承認のものに無許可で変更していたのです。
1989年にMMRワクチンの法定接種が決定されましたが、この時点でカナダや国内におけるMMRワクチンの被害が報告されていました。また、当時の旧厚生省の予防接種委員会においてワクチンの製造方法について疑念が呈されていたものの、より精度の高い方法を用いないままワクチンの製造を行っていました。
MMRワクチンの法定接種が導入された直後から、多くの幼児が、発熱、嘔吐、けいれん等をともなう無菌性髄膜炎を発症し、社会問題となりました。
法定接種導入直後の1989年6月には、前橋市医師会の予防接種委員会が副作用に関するデータ収集を始め、その結果、217人に1人の割合で髄膜炎が発症したことを報告しました。しかし旧厚生省は、この報告に対して対応を行わず、報告結果も公表しませんでした。1989年10月には旧厚生省からMMRワクチンについて「慎重に接種するよう」求める通知が出されましたが、MMRワクチンの接種が中止されたのは1993年になってからでした。この間、非公式に予防接種委員会が開かれており、法定接種の中止について議論がなされていたと言われていますが、委員会は副作用の発生を知りながら、データの隠ぺいを行い、中止の判断を遅らせていたとみられています。1989年から1993年までにMMRワクチンを接種した幼児は約183万人であり、そのうち無菌性髄膜炎を発症したという報告は1,754件にのぼります。
2. 家族による裁判
1993年、MMRワクチンによって無菌性髄膜炎を発症した幼児の3家族は、国と製薬会社を相手に裁判を起こしました。幼児33人のうち、2人のワクチン接種と発症の因果関係が認められましたが、のこる1人についての請求は棄却されました。しかし企業は控訴せず法廷の外で陳謝し、協定を結んだことで、事実上は責任を認めたものと考えられました。両親と国の双方が控訴し、残る家族も付帯控訴し、2006年の二審判決への両親の上告が棄却されたことで13年間の闘いが終わりました。
判決では、企業が国に無断で製造方法を変えたことが被害多発の原因と認定され、国の指導・監督責任が認められたことで、国と製薬会社の賠償責任が認められました。ただし、MMRワクチンを国が早期に中止しなかったことに関しては、国の責任は認められませんでした。原告は国に謝罪を求めましたが、国は「判決は受け入れがたい」として謝罪を拒否したままとなっています。
3. その後の課題
MMRワクチンによる無菌性髄膜炎の大規模発生や接種中止の決定により、国民の予防接種に対する信頼は大きく低下しました。日本で麻疹ワクチンの予防接種率が大幅に低下したことで、日本は先進国の中でも例外的に麻疹患者の発生が多いと言われています。
しかし、国は遺族への謝罪を拒否したままであり、MMRワクチン有害事象に関する真相究明や再発防止策をとっていません。このことからMMRワクチン薬害に関する誤認が医薬品行政においても行われていることが懸念されています。近年では、HPVワクチンや新型コロナウイルス感染症に対するワクチンなど様々なワクチンが導入されています。MMRワクチン薬害の教訓を活かすことが、いま求められています。
参考文献
- 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団,2012,『知っておきたい薬害の教訓――再発防止を願う被害者からの声』薬事日報社.
- 日本公定書協会,2011,『知っておきたい薬害の知識――薬による健康被害を防ぐために』じほう.